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東京地方裁判所 平成7年(行ウ)257号 判決 1996年3月27日

原告

今井亮一

被告

財団法人東京交通安全協会

右代表者理事

三鬼彰

右訴訟代理人弁護士

福田恆二

新井弘治

金井正人

右指定代理人

采女研覺濟

外一名

参加人

警視庁麻布警察署長

梶原守紘

右指定代理人

近藤守澄

外一名

主文

一  本件訴えのうち、納入通知の取消しを求める部分を却下する。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  原告の請求

一  被告が原告に対して平成六年三月一八日付けでした自家用軽四輪貨物自動車(車両番号多摩四〇め三七五八号、以下「原告車両」という。)に係る移動措置料金等一万二八〇〇円の納入通知を取り消す。

二  被告が原告に対し平成六年四月九日付けでした原告車両に係る移動措置料金等一万二八〇〇円の督促を取り消す。

第二  事案の概要

本件は、平成五年法律第四三号による改正前の道路交通法(以下「法」という。)四五条一項に違反する駐車をしていて被告から法五一条の二第一項、五一条八項に基づく移動・保管措置を執られ、右各措置に係る費用の納入通知及び督促を受けた原告が、右各措置は必要な限度を越えた違法なものであるとして、納入通知及び督促の取消しを求めて出訴した事案である。

一  当事者間に争いのない事実等(なお、書証によって認定した事実については、適宜書証番号を掲記する。)

1被告は、法五一条の二第一項所定の指定車両移動保管機関(以下「指定機関」という。)である。

2 原告は、平成六年三月一八日午後二時三二分ころから同三時一四分ころまでの間、東京都港区六本木三丁目一五番付近道路(両側に幅約2.5メートルの歩道を備え、車道幅員約9.5メートル、アスファルト舗装の相互通行道路である。以下「本件道路」という。)に原告車両を駐車した(以下「本件駐車行為」という。)。(乙一、四、五、一〇号証)

3 東京都公安委員会は、昭和四五年八月五日から本件道路について道路標識によって終日駐車を禁止していた。(乙六号証)

原告は、本件駐車行為の際、本件道路を管轄する参加人から法所定の駐車許可を受けたことはない。また、東京都公安委員会が、本件駐車行為の時までに原告車両を駐車禁止除外指定車に指定したことはない。(乙七号証)

4 平成六年三月一八日午後三時一四分ころ、被告が委託している移動業者は、警視庁交通部交通執行課巡査の指示の下に本件道路からの原告車両の移動を開始し、その後、原告車両を東京都港区六本木三丁目七番一五号所在の六本木西駐車場に保管した(以下「本件措置」という。)。(乙五、一六号証)

なお、右駐車場及び本件道路付近の地理的状況は、別紙図面のとおりである。(乙一六号証)

5 原告は、本件駐車行為の開始時から原告車両が本件道路から移動されるまでの間中、東京都港区六本木三丁目一五番に所在する町山ビルの五階において、「反則金なんか払わない」と題する自著の原稿に関する打ち合わせを担当編集者と行っていた。(乙一二号証)

6 平成六年三月一八日午後四時六分ころ、原告は、警視庁麻布警察署において同署交通課巡査から本件駐車行為について放置駐車違反の交通反則告知手続を受け、その後すぐ、同署内の被告係員の下に出頭した。

被告係員は、本件措置の費用は移動料金が一万二〇〇〇円、保管料金が八〇〇円となること(合計一万二八〇〇円。以下「本件費用」という。)を原告に説明し、本件費用に係る納入通知書を同人に交付した(以下「本件納入通知」という。)。

7 平成六年三月二八日付けで、原告は、東京都公安委員会に対し、本件納入通知に係る審査請求をした。

原告が本件費用を納付しなかったため、同年四月九日付けで、被告は、納付すべき期限を同月一九日と指定した督促状によって本件費用の督促(以下「本件督促」という。)を行った。(甲四号証)

同月一八日付けで、原告は、東京都公安委員会に対し、本件督促に係る審査請求をした。(乙一四号証)

平成七年九月八日付けで、東京都公安委員会は、右各審査請求をそれぞれ棄却する旨の各裁決をした。(甲一、乙一四号証)

二  争点

本件における争点は、本件措置が違法であったか否かの点であるところ、これに関する当事者双方の主張の要旨は、以下のとおりである。

(一)  被告の主張

平成六年三月一八日午後二時三二分ころ、警視庁交通部交通執行課巡査ら(以下「担当巡査ら」という。)は、原告車両を含め八、九台の車両が本件道路に駐車しており、法四五条一項に違反していたことから、運転者その他当該車両の管理について責任がある者(以下「運転者等」という。)に右各駐車車両を本件道路から移動すべきことを命じるため、ミニパトカーのマイクによって広報を行い、各駐車車両の運転者等の発見に努めたが、その所在を確認できなかった(なお、原告車両は、横断歩道の側端から1.8メートルの位置に停止しており、法四四条三号にも違反していた。)。

このため、担当巡査らは、右各駐車車両つき、移動の有無が分かるようにタイヤと路面の接地部分に印を付けた。

同日午後三時八分ころになって担当巡査らが再び本件道路に赴いたところ、原告車両一台のみが引き続き駐車していたので、右巡査らは原告車両に、直ちに本件道路から移動すべき旨等を告知する違法駐車標章を取り付けた後、警視庁麻布警察署交通課長警視に対し、原告車両の所有者等の所在を確認できなかったこと、本件道路における交通の危険を防止し、交通の円滑を図る必要があったこと、同所から五〇メートルを超えない道路上に原告車両を移動すべき場所がないことを報告した。

右警視は、右報告を受けて、原告車両を移動する必要があると判断し、参加人の名において、被告駐車対策事業総務局指定車両移動処理部指定車両移動処理課麻布分室に対して原告車両の移動を指示した。右指示により被告は、移動業務を委託していた業者を本件道路に派遣し、同業者は、同日午後三時二〇分ころまでに、前記駐車場への原告車両の移動を終了した。

右の経緯に照らせば、本件措置に違法はないことが明らかである。

(二)  原告の主張

法五一条二項は、故障その他の理由により違法駐車車両の運転手等が直ちに同条一項に係る警察官等の移動命令に従うことが困難であると認められるときは、警察官等は、道路における危険を防止し、その他交通の安全と円滑を図るために必要な限度において、当該車両の移動等の措置を執ることができる旨を規定している。

しかしながら、担当巡査らは同条一項に係る移動命令をしたことはないから、本件措置はその前提を欠くことに帰する(この点、被告は、担当巡査らはミニパトカーのマイクによって広報を行った旨主張するが、かかる事実はない。)。

また、法五一条二項にいう必要な限度とは、道路における危険を防止し、その他交通の安全と円滑を図るための必要最小限度という趣旨に解すべきである。しかるに、本件道路は、通称外苑東通りとの交差点からしか進入できず、進入しても五〇メートル足らずで歩行者用道路に突き当たるため、新入車両は右折するか左折するしかないが、右折すれば二〇メートル程ですぐ行き止まりになるため、左折して一方通行道路に進入するほかないところ、同道路に進入しても、元の外苑東通りに戻るような方向にしか行けないという形状にある。そして、本件道路の幅員は相当広く、進入車両の多くは、本件道路における路上駐車が目的である上、原告は、緊急車両が通過する等の事態が生起すれば直ちに原告車両を移動できるよう、約五分おきに本件道路を観察していたのである。そうすると、客観的にみて、本件駐車行為には、交通の安全、円滑を妨げる事情は認められないというべきであって、本件措置は、法五一条二項にいう必要な限度を越えるものである。

以上によれば、本件措置が違法であるのは明らかである。

第三  当裁判所の判断

一  本件納入通知の処分性について

1  行政事件訴訟法三条二項にいう処分とは、公権力の行使として行われる行政庁の行為のうち、それによって直接国民の権利義務を形成し、又はその範囲を確定することが法律上認められているものをいうものと解すべきであり、右にいう処分に当たらない行政庁の行為を対象とする取消訴訟は、不適法であることに帰する。

2  そこで、以下、本件納入通知が処分に当たるか否かにつき、法の規定に照らして検討する。

(一) 違法駐車に対する警察署長の措置に係る法の規定

法四五条一項によれば、車両は、原則として、道路標識等により駐車が禁止されている道路の部分等には駐車してはならないとされており、法五一条一項によれば、車両が法四五条一項の規定に違反して駐車していると認められるとき等は、警察官等は、当該車両の運転者等に対し、当該車両を移動すべきこと等を命ずることができるものとされている。また、法五一条六項、三項によれば、同条一項の場合において、現場に当該車両の運転者等がいないために、当該運転者等に対して同条一項の規定による命令をすることができないときは、警察官等は、道路における交通の危険を防止し、又は交通の円滑を図るため必要な限度において、当該車両が駐車している場所からの距離が五〇メートルを超えない道路上の場所に当該車両を移動することができるものとされ、同条七項ないし九項によれば、右の場合において、当該車両が駐車している場所からの距離が五〇メートルを超えない範囲の地域内の道路上に当該車両を移動する場所がないときは、警察官等は、当該車両が駐車している場所を管轄する警察署長にその旨を報告しなければならず、右の場合、警察署長は、駐車場その他の場所に当該車両を移動することができ、当該車両を移動した場合には、警察署長がこれを保管しなければならないものとされている。

同条一四項によれば、同条八項、九項の規定による当該車両の移動、保管等に要した費用等は、当該車両の運転者等又は所有者等の負担とされ、同条一五項によれば、警察署長は、右負担金につき納付すべき金額、納付の期限及び場所を定め、運転者等又は所有者等に対し、文書でその納付を命じなければならないものとされ、同条一六項によれば、右文書によって指定された納付期限を経過したときは、警察署長は更に期限を指定して督促をしなければならないものとされている。

(二) 指定機関に係る法の規定

法五一条の二第一項によれば、警察署長は、法五〇条八項及び九項の規定による車両の移動及び保管に係る事務(警察署長が同条八項の規定により移動すべきものとして指示したものに限る。)の全部又は一部を、指定機関に行わせることができるものとされている。そして、法五一条の二第六項、七項によれば、指定機関が車両移動保管事務を行ったときは、当該車両の運転者又は所有者等は、都道府県公安委員会規則で定める額の負担金を当該指定機関に納付しなければならず、これらの者が納付の期限を経過しても負担金を納付しないときは、当該指定機関は、督促状によって納付すべき期限を指定して督促しなければならないものとされている。さらに、同条八項、九項によれば、右督促を受けた者がその指定期限までに負担金等を納付しないときは、指定機関は、警察署長に対し、その徴収を申請することができ、右申請を受けた警察署長は、地方税の滞納処分の例により負担金等を徴収するものとされている。

また、法五一条の二第一三項、一四項によれば、同条七項の督促は、民法一五三条の規定にかかわらず時効中断の効力を有し、指定機関が行う処分については、公安委員会に対し、行政不服審査法による審査請求を行うことができるものとされている。

3 以上によれば、警察署長が直接行う車両移動保管事務に係る負担金に関しては、警察署長の納付命令は、運転者等に対して課される負担金の支払義務を具体的に確定する行為としての性質を付与されている結果、その処分性が認められるのに対し、指定機関が行う車両移動保管事務に係る負担金についてみると、指定機関は、警察署長の納付命令に対応するような権限を有してはおらず(法五一条の二第一〇項は、法五一条一〇項から一四項までの規定を指定機関が行う車両移動保管事務に準用しているが、納付命令に関する一五項は準用していない。)、その車両移動保管事務に係る負担金の額は都道府県公安委員会規則において定めるものとされているから、指定機関に対する支払義務を具体的に確定する行為は法の上では予定されていないことが明らかである。

そうすると、被告が負担金の納付義務者に対して一般的に行っている納入通知は、法の規定に基づくものではなく、負担金の納付義務者に対して負担金の納付時期及び納付場所を通知するに際し、その負担金の額をも知らせ、できるだけ自発的な納入をするよう促すためにされている事実上の行為としての性質を有するにすぎないものと解さざるを得ない。

これに対し、乙一七号証によれば、被告による納入通知書には、この処分に不服があるときは東京都公安委員会に対して不服申立てをすることができるとの教示が付記されていることが認められるし、右教示に従って原告が本件納入通知に係る審査請求をし、東京都公安委員会が右審査請求を棄却していることは既に摘示したとおりであるから、少なくとも被告は、本件納入通知について処分性があるものとして扱っていることがうかがわれるところである。しかしながら、指定機関が行う督促については、法五一条の二第八項以下に定める警察署長による滞納処分の不可欠の前提となり、負担金等の請求権の消滅時効の中断事由ともなることから、その処分性を認めることができ、督促自体は徴収手続に属するものと考えられるにしても、督促以前の段階で運転者等の側で何らかの処分を捉えて争う機会はないものと考える以上、納入義務の存否及び範囲、殊にその前提となる移動措置に係る実体的違法事由についても督促に対する取消訴訟において主張することができるものと解し得るから、これに加えて、納入通知を処分として運転者等の側で取消訴訟によって争う機会を二度にわたって付与する特別の必要はないし、このように解しても運転者等の保護に欠けるところはないものということができる。

以上によれば、本件納入通知は、原告の権利義務又は法的地位にいかなる具体的変動も及ぼさないから、取消訴訟の対象となる処分には当たらないものというべきである。

したがって、本件訴えのうち、本件納入通知の取消しを求める部分は、処分性を欠く行為の取消しを求める不適法な訴えと解さざるを得ない。

二  争点についての判断

1  移動命令の要否について

前記一2(一)において既に摘示したところによれば、警察官等が法四五条一項に違反して駐車している車両を認めた場合において、その現場に当該車両の運転者等がいる場合には、警察官等は、当該車両を移動する前提として、右運転者等に対して当該車両を当該駐車が禁止されている場所から移動すべきことを命じることが必要とされているが、現場に運転者等がいない場合には、同条一項に係る移動命令をすることができないから、法五一条三項、六項の規定によって、警察官等は、道路における危険を防止し、又は交通の円滑を図るため必要な限度において、当該車両の移動等の措置を構ずることができるのであり、その前提として同条一項に係る移動命令を経る必要はないことになる。

本件についてこれをみるに、本件駐車行為の開始時から原告車両が本件道路から移動されるまでの間、原告は、本件駐車行為の場所に近接している建物とはいえ、終始その五階にいて担当編集者と自著原稿に関する打ち合わせをしていたのは既に摘示したとおりであって、かかる場合には、客観的にみて右違法駐車状態を直ちに解消することは困難であったものと評価できるから、原告は、本件措置の開始の際に、社会通念上法五一条三項にいう現場にいたものとはいえないことが明らかである。

そうすると、担当巡査らには、本件措置に際して、その前提として法五一条一項にいう移動命令をしなければならない法令上の義務はなかったものというべきである(被告が、担当巡査らはミニパトカーのマイクで駐車車両の自主的な移動を促す広報をしたと主張するのも、右広報が法五一条一項に係る移動命令であるとの趣旨に出たものとは解し得ない。)。

したがって、本件措置においても移動命令を発する必要があるとする原告の主張は、その前提において失当である。

2  比例原則違反の有無について

(一)  法五一条八項に係る移動措置は、道路における交通の危険を防止し、又は交通の円滑を図るという公共目的から行われるが、反面、違法駐車に係る車両を移動して、その運転者等、の自由と財産を制約する性質を有する措置であることは否定できない。そして、かかる警察作用の発動に当たっては、それが市民の自由ないし財産を脅かす危険性を有することにかんがみ、警察違反の状態を排除するための必要性と、目的と手段の均衡とが要件とされるというのが法治主義の要請である(比例原則)。法五一条六項が、本件措置は必要な限度においてのみ行い得る旨を規定しているのも、右の趣旨を明らかにしたものと解すべきである。

(二) そこで、本件措置に比例原則に違反する点が認められるか否かについて検討する。

まず、本件措置の必要性についてみるに、本件駐車行為が午後二時三二分ころから同三時一四分ころまでの四二分間にわたるものであることは既に摘示したとおりであり、これに加えて、甲二、三号証によれば、平成七年一一月一〇日午後二時一四分から同三時二三分ころまでの間に本件道路に進入した車両は四輪自動車だけで六〇台前後に達している上、本件道路と、通称外苑東通りとの交差点に設置された横断歩道は歩行者の通行量が常時相当数あり、中には横断歩道からそれていわゆる斜め横断をしたり、本件道路の横断歩道以外の部分を横断する歩行者もかなりいるほか、車道部分を走行する自転車もしばしばみられること、乙一〇、一五号証によれば、原告車両は、前記横断歩道の側端から約1.8メートルの位置に駐車されていたこと、乙一四号証によれば、本件道路付近は会社や飲食店等が入った雑居ビルやオフィスビル等が比較的多く存在する地域であることがそれぞれ認められ、以上の事実を総合すれば、本件駐車行為によって本件道路上の交通の円滑が妨げられる可能性はもとより、本件道路から通称外苑東通りへ左折しようとする車両が進行方向左側の視界を遮られ、通称外苑東通りを越えて本件道路を直進しようとする二輪車を巻き込んだり、本件道路を横断しようとする歩行者が原告車両の影になり、本件道路を進行する車両がこれを見落とすこと等によって、交通事故が生起する可能性すら否定できなかったことも優に推認することができるものというべきである。

そうすると、右のような交通の危険を惹起していた本件駐車行為に対し、本件措置によってかかる危険を実力で除去し、本件道路における安全かつ円滑な交通を回復する必要があったことは明らかである。

次に、目的と手段の均衡についてみるに、本件道路が道路標識によって終日駐車を禁止された場所であることは既に摘示したとおりであり、これに加えて、乙一五号証によれば、原告車両が駐車していた場所からの距離が五〇メートルを超えない範囲の道路上には原告車両を移動できる場所がなかったことが認められ、以上の事実と、違法駐車に対する刑事罰を規定する法一一九条の二、同条の三が、その文理上、構成要件所定の行為があれば保護法益に対する危険が原財として当然に生じたものとされるいわゆる抽象的危険犯として規定されていることとを照らし合わせれば、本件措置の開始時点において、本件駐車行為による違法状態を解消するためには、差し当たり本件措置によるほか方法がなく、本件措置は、目的達成のための手段として合理性を有していたことは明らかである。

そうすると、本件措置は、目的と手段の均衡の点でも、欠けるところはなかったものというべきである。

したがって、本件措置には、比例原則に違反する点は何ら認めることができないものというほかはない。

(三) これに対し、原告は、本件道路の地理的特性から、本件道路を進行する車両は制限速度よりはるかに低い速度でしか動いていないから、本件駐車行為によっても、交通事故が起こる蓋然性はなかった旨主張する。

しかしながら、制限速度より低い速度で進行している車両でも、歩行者が駐車車両の影から出現したような場合には、右歩行者との間で重篤な交通事故を生起することが充分にあり得ることを考えると、原告の右主張は余りに駐車を行う自動車運転者の便宜を偏重し、歩行者等の安全を軽視するものとして失当というほかはない。

また、原告は、担当巡査らが法五一条三項に基づく標章を原告車両に取り付けてから本件措置に着手するまで約六分しか経っていないこと、担当巡査らが本件措置に先立ってマイク等による広報を行わなかったことなどからすれば、担当巡査らには、本件駐車行為を運転者である原告自らの手で是正する機会を与えるつもりは全くなく、専ら本件費用を徴収する目的で本件措置を敢行したものである旨主張するようである。

しかしながら、まず、法五一条三項は、その文理から明らかなとおり、警察官等に違法駐車車両に対する標章の取り付けを義務づけたものではなく、同条六項等の規定をみても、移動措置の前提として標章を車両に取り付ける義務は課されていないこと、運転者等による自発的な違法状態の除去が望ましいことは確かであるが、地方で可及的速やかに違法駐車によって惹起された道路における交通の危険を除去することにも高度の公共性があることなどに照らすと、標章を取り付けてから本件措置の着手まで約六分しかないことをもって、本件措置が違法であると断ずることができないのは明らかである。

次に、移動措置に先立つ広報についてみるに、仮に、原告の主張するように、担当巡査らによる広報が行われなかったとしても、既に説示したように、一般に行われている広報は、法令上に特段の根拠を有するものではなく、単に付近にいる違法駐車車両の運転者等に対し、自主的な違法状態の是正を促す趣旨で行われているにすぎないものであるから、これが行われた方が移動措置の方法としてより適切であるということはいえても、これが欠けていたからといって、直ちにその移動措置が違法であるとはいえないことが明らかである。なお、原告は、原告車両が移動された後、盗難に遭ったことを危惧して必死になって本件路上を探したが、移動措置による指示事項を遂に発見することができなかった旨の主張をし、これに沿う乙一二号証の担当編集者の証人尋問調書の記載部分及び乙一三号証の被告人供述調書の記載部分があるが、甲五号証の写真(一)によれば、本件駐車行為を行っていた際の原告車両の車体の直前に当たる場所の路上に、白色チョークによって横書きで二列にわたり、比較的明瞭な書体で「布署へ来て下さい」と記されているのが認められ(上記記載以外の部分については、写真が途中で切れているために読み取ることができない。)、これと乙一〇号証の担当巡査の証人尋問調書の記載部分を総合すれば、担当巡査らは、本件道路に本件措置が行われたから麻布署に出頭するよう促す旨の指示をチョークによって記したことが優に認められることなどからすると、担当編集者の右証言、原告の右供述の信用性は極めて疑わしいものといわざるを得ず、右証書及び供述中の広報が一切なかった旨の記載部分も直ちに措信することはできない。

したがって、本件措置が比例原則に違反するとする原告の主張は、いずれも採用することができないものというべきである。

3  以上にみたように、本件措置には違法な点はないというべきであるし、甲四号証及び弁論の全趣旨によれば、本件督促の手続自体についても、何らの違法も認めることはできないから、本件督促は適法である。

三  結論

以上のとおりであるから、本件訴えのうち、本件納入通知の取消しを求める部分についてはその訴えの対象が処分性を欠くので不適法として却下し、原告のその余の請求については理由がないので棄却することにし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官富越和厚 裁判官竹田光広 裁判官岡田幸人)

別紙<省略>

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